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ポールアレン氏死去 [コンピュータ]

ビルゲイツとともにマイクロソフトを創業したポールアレンさんが亡くなってしまいました。

短命でした。
長い闘病生活の末だったようです。

アップルのスティーブジョブスと共同設立者のスティーブ・ウォズニアックのようにマイクロソフトもビルゲイツとポールアレンさんが設立しました。

IBM-PC とその互換機が PC-9801 や日本のパソコンを駆逐していったのをリアルタイムで体験していたのでビルゲイツに引き続きパーソナルコンピューターの創始者といってもいい原型を知っている4人のうち2人が死んでしまいました。

当時は日本もパーソナルコンピューターが沢山出てきていて、ハード、OS,言語も各社が独自に作ったものが搭載されていました。

NEC の PC-6001,PC-8001,PC-9801 や SHARP の X-1,X68000,富士通の FM-7 等懐かしいです。
そのころ Apple もコンピュータを出していましたが、今のようなマウスとウインドウがあるのではなく、コマンドをキーボードからタイプするようなタイプで、BASIC という言語が搭載されゲーム雑誌などで発表されたゲームを打ち込んでは遊んでいました(そのうち自分で作るようになりました)。

その頃のパソコンはまさに多様であり各社で全く違う仕様でした。
画面解像度が高くなったり、音源がFM音源にしたり、出せる色数が増えたり色々各社工夫を凝らしていました。

その聡明期は新しいパソコンが出るたびに新機能が搭載されてすごくワクワクしたのを覚えています。
情報源も雑誌しかなくそれこそむさぼるように読み、発売日を心待ちにしていました。
今ではクソゲーと一蹴されそうなゲームも一生懸命打ち込んではソースを改造したり色々して完全に遊びきっていた感じがあります。

でも、画面解像度が増え、色数も、音源もPCMになり、CD-ROM が搭載されて来たあたりから出るものが画一化されていき、だんだん新鮮味が無くなっていったような気がします。

そして、同じものをコストをかけて作り直して新製品として売り出すことに各社疲弊していった気がします。

ビジネスの分野でも IBM-PC という IBM が規定した PC の規格とマイクロソフトの作った MS-DOS が台頭していき、互換機という形でパソコンが定型化していったように思います。

ただ、当時は IBM-PC はビジネスマシンでゲームとかエンタテイメントにはとても使えないとしか思えず信長の野望や大戦略かフライトシミュレーター(マイクロソフトが作ってたと思います)ぐらいじゃないかと思っていましたが、Windows や Mac が GUI のウインドウシステムを作ってきた当たりから(Unix + X-window もありましたが)グラフィックや音源の性能などがどんどん向上し拡張性も相まって日本の独自パソコンはすたれてしまいました。

今はゲーム機という形でかろうじて独自アーキテクチャは残っていると思いますが、パソコンは完全に IBM-PC 互換機以外なくなりました。スマホもゲーム機の延長みたいに思えます。

結局は巨大になったシステムは少数の人間や組織では回せなくなるという事だと思います。
世界的な標準とそれに従い全世界で開発が進むことが重要でした。

ソフトの面でも OS は独自のものから MS-DOS,Windows,MacOS,Unix(これは相当古いですが、、、)、今は Android,iOS 等車輪の再生産は行わずその上にソフトを構築していくようになりました。
今は、OS の再構築は Google が少し試しているようですが、基本まで知っているソフト開発者が絶滅危惧種になっている現在、その上で動作するソフトの再生産は実質的には難しいと思われ過去の遺産に乗っかっているにすぎません。
多様性はほぼ失われました。

その過去の遺産の初めから今までを見てきて今の問題を肌で感じていたであろう人の1人であったと思います。
なので、築いた資産を未来のために投資していた姿が見えます。ただ、昔のように簡単には結実はしなかったようです。

今現在のコンピュータやITの立ち位置は聡明期から眺めていた人間にしかわからないこともあります。
当たり前のことも最初手作業から作られたものであること、それがまだ使われている現実。ブラックボックス化されさらに完全に把握されないままその上にシステムが構築され、カオスレベルの複雑さになっているいったん根幹的な不具合が出ればもう人には治せそうにない構造自体に気付いている人はあまりいないと思います。ITの技術者の就業期間は短命です。それは大変さが理解されず、かえって使う側はソフトはタダと思い込んでいる始末だからです。お金は払われず、複雑さは指数関数的に増していきます(表面上は簡単に見えてもです)。そのうち自動販売機もバグるようになると僕は思います。

ポールアレンさんは年齢に応じて貢献も働き方も変えていって最後まで未来に貢献しようとした人と思います、プログラマであったアレンさんはその複雑さも理解していたのでしょうね。

あの頃の自由な気楽さとそこから生まれるイノベーションの魅力は今の儲け主義とは全く違いました。徹夜もまったく苦になりませんでした。あの素晴らしい時代と感覚を知っている人も少ないと思いますが、その貴重な感覚の持ち主がまた1人消えたことは寂しさを禁じえません。

ご冥福をお祈りいたします。




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